大嘗祭と倫理性

大嘗祭は、天皇が瑞穂の国の国魂を体現せられ、ニニギノミコトという稲の実りを象徴する存在となられる意を持つ儀礼である。国民はまたこれに御代の栄え、平安、清澄性、永遠性等を和歌や絵画や洲浜を以て表現し、理想の実現への願いを込めて祝福するものであった。この節会の部分を含めて大嘗会と称され、祥瑞をもって讃えた。祥瑞の表現には中国の封禅の思想の影響が多分にみられ、式次第全般にわたっても中国の祭祀制度によって整備されたが、しかも尚且つ中核をなす悠紀・主基の大嘗宮の祭儀は我が国古来の固有の儀礼を以て行われたのであり、国栖の古風、悠紀・主基の国風、語部の古詞、隼人の風俗歌舞、また倭舞、吉志舞、久米舞、五節舞等々、そこで演ぜられる芸能も古層の文化を再現して原初の時を回復する意を持つものであった。その点、大嘗祭(大嘗会)は壮大な複合文化であり、当代最高の文化の表象である。しかもその核心はあくまで天皇が皇祖より「齋庭の穂」をいただかれて、皇祖の大御神と御一体となられるという深秘の儀礼である。 すなわち「伊勢大神宮入れ替らせ給へる御方」となられる一瞬であった。そして一陽来復の朝、群臣の前に姿を現わし、天神よりの寿詞を受け、神璽の鏡剣を受けられたが、この方は持統天皇のとき以来、即位式の方に移されが、大嘗会辰日の節会の劈頭でも行われて、太古以来の伝統は護持された。

その中核となる大嘗宮の儀は深夜ひめやかに行われるが、その淵源を尋ねるならば、日本列島の津々浦々に至るまでの 邑落の共同体で、また家々でも行われたニイナメ儀礼に発し、ニイナメ儀礼は、およそ米を主食とする日本人にとつて、生命の根源、いのちのおやを称え、みおやの神より生命の根(いね)を授かることを象徴化した精神の営みであった。弥生時代以来一筋に稲によって生かされて来た我が国の民はこの稲の収穫を神よりの賜りものとしていただき、これを身に体して我が命を養ったのである。それが村々里々の鎮守氏神の祭りであった。その全国に広く行われた民間土俗のニイナメの祭りを統合して瑞穂の国の祭政の責任者である天皇の行われるのが宮廷の新嘗祭であり、その御一代初の儀が大嘗祭であった。それはそのまま日本文化の核心であり、民族の生命の根源となるものであった。

今日、米作りは曲がり角に来ていると言われている。安い輸入米との価格差の問題も有るが、農業人口が九〇%以上であった戦前の我が国と異なって、既に職業も多様化している上、未来の農業はバイオテクノロジーによる工場での生産に主流が移ろうとしている昨今、大嘗祭や新嘗祭のような農耕祭祀が意味があるのか、という疑問は有り得るであろう。文明の進歩、技術革新によって生産形態も大きく変わり、あるいは国際化時代の到来によって生活様式も変化した時代に、稲作りの祭りがどうのと、太古さながらの様式を繰り返していたのでは時代錯誤も甚だしいのではないか、それでは世界の進展に取り残されはしないか、そういう疑念を持つものもあって不思議ではない。だが、果たしてそうであろうか。 たしかに今では「手肱に水沫かき垂り、向股に泥かき寄せて(祈年祭祝詞)」といったような稲作りの労働は、耕運機によって既に昔の語り草となって久しい。いまや植え付け、除草、刈り取り、脱穀等一切の作業は機械で済ませることができる。先端産業はLSIから超LSIへと進歩の度を加えて止どまるところを知らない。しかしその行き着くところは決して幸福な生活が約束されているとは限らないことも万人の認めるところである。人間が便利のためにと作りだした物質によって予想もしなかった公害が生じていることにも明らかである。人間はこの事実を謙虚に受け止めて、自然のはからいにひれ伏して、慎み深く、自然に感謝する心と態度が要求される。技術が進歩し、世の中が便利になればなるほど、生命の根源に対する畏敬の念を以て、原始の時代から我々の祖先が慎み深く繰り返してきた精神の営みを大切に護り伝えていくことが何ものにもまして必要であろう。文明の進歩とは裏腹に、失われようとしている人間性を回復するのも、そうした原古の祭りの繰り返しの中に求められるものである。

二千年来、我々の父祖がそれによって生命を養ってきた米作りを中心とした祭りは日本の文化の核となるものであった。米は我々の父祖が二千年に亙って工夫と努力を積み重ねて今日のような高い生産性をあげることができるようになった。それが将来も日本人の主食であり続けるとは限らないかも知れないが、日本の風土と気候から言ってやはり米がもっとも高い生産性をもつことは間違いない。たとえバイオテクノロジーによる、生産形態の変化がいかなる農作物の生産を可能とするとも、少なくとも米は日本人の生命を養ってきた「生命の根(いね)」であった。それを神よりの賜り物として敬虔な慎みの態度を以て頂くという行為の中に無限の意味が含まれている。日本人は食べるという形而下の行為をも形而上の観念に高めてニイナメの儀礼とした。それは生命の根源に対する畏敬であり、物に感謝し、勤労を尊ぶ精神を育み、儒教の言葉を以て表現される種々の倫理徳目もこれを核として展開したのである。

このニイナメ儀礼は伝統のままに国家儀礼として天皇が行われ、とくにご一代一度の大嘗祭はそのもっとも根源的な儀礼である点で、日本文化の核となるものであった。ホルトムが「それはまさしくこの国の文化遺産の一部をなすものである」といったのはこのことである。そこには一切の道徳の根源がある。それは、教えを垂れるといった形ではなく、天皇御親ら神の恵みに感謝し、神より新穀を頂かれて、皇祖とご一体となられるという神秘の儀であって、深夜ひめやかに行われるが、古来の文化伝統のもっとも根源的な儀礼であった。歴史を通じて一貫する日本民族の理想はこの一点に集約して象徴される。それは壮大なデモンストレーションでなくとも、その儀礼に秘められた文化伝統は、現代の合理主義社会の中で忘れ去られ失われようとしている父祖伝来の一切の道徳を追体験する機縁となるものであった。

日本の社会のあらゆるものが変化し、文明がますます進歩して世の中がどのように様変わりしようとも、天皇の行われる大嘗祭だけは、太古さながらに始源の状態を維持しつつ祖型を反復して、原古の様式を伝えて行くことが、日本の生命を護ることにほかならない。 同時にそれは、人間の生命の最も根源的な部分に対する反省を以て、今日の世界が文明によって喪失しようとしているものを取り戻す最も象徴的な儀礼として未来に向かって示唆するところ多大なものがある。他のいかなるものが失われようともこの大嘗祭だけは失われてはならないぎりぎりの日本の生命であることを重ねて思うのである。

『倫理』40-1 倫理研究所 (平成3年1月1日刊)

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