伊勢の遷宮

 伊勢の神宮では二十年に一度の遷宮(せんぐう)が行われた。内宮(皇大神宮)は十月二日、外宮(豊受大神宮)は五日、木の香も芳しい新宮にご神体をお移しする式である。両日とも天候に恵まれて、浄闇のうちに無事宮遷しを終えた。

 奈良時代に天武天皇により定められて、持統天皇の四年(六九〇)に第一回の遷宮が行われて以来、中世戦乱の世に災いされて百二十数年中絶したことはあったが、今日まで連綿と続いて、今回で第六十一回である。戦前は国費でまかなわれていたが、戦後は憲法による政教分離の建前で全国民奉賛の形で全国から寄せられた浄財で遂行した。

 遷宮は建物を建て替えるだけではない。ご装束・神宝のことごとくを作り替える。装束とは神さまの衣服や服飾品、お飾りの類であり、神宝とは神の御用に供する調度品で、これらは上代の文化と技術を現代に伝え当代最高の美術工芸家によって調整されるまさに生きた日本の伝統工芸品である。

 昭和六十年用材の伐り初めに当たる山口祭・木本祭が行われて以来八年の歳月を費やして造営し、調製した。そして迎えた遷宮である。

 当日は両宮とも天候に恵まれ、それぞれ数千人の特別奉拝者の拝する中、厳粛に宮うつしの儀が行われた。筆者は、外宮に参列の栄に浴したが、浄闇裡、松明(たいまつ)の明かりだけを頼りに、絹垣(きぬがき)という白布に囲まれたご神体を中心に約二百人からなる神職の奉仕による祭典は、まさに壮大な古代絵巻であった。遷宮は、最も古い原初の姿を保ちつつ、常に新たな生命の更新をはかるものとされているが、それは古代を甦らせただけではない。千数百年の歴史を通じて、繰り返し二十年ごとに行うことによって悠久の過去と永遠の未来につなぐ、大いなる時間の中に身をおいていることの感動であった。時間に追われて忙しい毎日を送る現代に貴重なひとときであった。

 これは、もちろん極めて日本的な特色をもつ儀式だが、近ごろは外国の日本文化研究者が注目している。例えば、ミシガン大学のエヤハート教授は更新の儀礼とみて高く評価しているし、南山宗教文化研究所長ゼームズ・ハイジック教授は「(遷宮が)特定民族の所有に過ぎないのか、それともあらゆる人間の心に語りかけうる宗教的内容をもつものなのか」と問いかけた上、「キリスト教のゴチックの大聖堂と森の中にたたずまう素朴な伊勢神宮とは正反対の象徴のようだが、宗教心の深層を通して、この本来の儀礼と縁がある」と語っている。その上で内宮と聖堂内の聖櫃(ひつ)を対応するものとみてキリスト教も森の神道にならって、各世代ごとに「共にいます神」のこの宿りのしるしを作り直し、神体をそこに遷すという儀式を導入してもよいのではなかろうか。(「上代に架ける橋」毎日新聞中部版九・一八)と提案している。つまりキリスト教にも遷宮を、という訳である。神道を代表する最も日本的特質の顕著な伊勢の遷宮が、もっとも国際性のあることが、注目されていることを示している。そのようなことから今年十二月十一日国際交流会館でこうした「神道の国際性」をテーマに内外の学者が討議することを企画している。

                                              (京都新聞・平成5年10月16日掲載)

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