社会的統合の源泉

 祇園祭が全国から京都に集まる。十五団体十七基の山車、屋台、山笠等、いずれも京都に発祥して地方に伝わったもの。それらが本家の祇園祭に里帰りして七月二十三・二十四日の後祭りに参加する。

 東北は秋田県角館町は小京都である。その角館囃しは、謡曲、長唄、乱舞などを取り入れ、また歌舞伎の名場面から借りた等身大の武者人形を乗せた曳山が華やかに街をねる。そのさい先後を決めるため山車のぶつけ合いも見ものの一つ。岩手県花巻まつりも、祇園祭の流儀にならった情趣に富んだ囃子とさつきの花巻が雅びな華やぎに彩る。

 関東は茨城県日立風流物が高さ十五メートルからの巨大なからくりの山車で、六層の天守閣があり、囃子とともに各階ごとに両側に割れたなかから人形が飛び出す仕掛け。川越祭も氷川神社(八坂神社と同祭神)の祇園祭で、山車の彫刻あでやかな色彩の巻による豪壮華麗さは関東三大まつりの名に恥じない。熊谷の祇園祭も八坂神社の祭礼で、渋うちわを振るまったのでうちわ祭りと称する。七月二十二日が祭礼日に当たるが、済み次第夜行で駆けつけると手弁当で来てくれる。その熱意には打たれるほかない。

 中部圏では、石川県小松市はむかし生糸の生産で京都の織物商とは密接なつながりがあった。そこの莵橋神社は延喜式内の古社で「お諏訪さん」の名で知られるが、八坂神社の神からは孫神に当たる。その曳山では子供歌舞伎「仮名手本忠臣蔵七段目一力茶屋の場」を祇園一力亭の前で上演することとなり、県市を挙げて応援し上洛する。静岡県大須賀町の三熊野神社大祭は「ねり」と称し、花差・万灯を重ね鍋蓋の上にだし人形を飾る。二台が参加。長野県大池舞殿祭は大榊をいただいた舞殿を曳き回す。愛知県足助祭も華麗な屋台で、お囃子が演じられる。犬山祭はからくり人形で白楽天を演じる。飛騨高山の屋台は解体できないため輸送できず、からくり人形が参加、「石橋台」を上演する。

 中国筋では岡山県牛窓祭は船型の山車を女装の男性が笛太鼓の囃子にあわせて威勢よく曳くのが特徴。

 九州は大分県日田の祇園祭も十メートルからの巨大な山で、見送りは京都の絵師が描いた。小倉祇園太鼓は、小倉八坂神社の祭りの太鼓、おなじみ無法松の一生で有名な「あばれ打ち」や「みだれ打ち」を披露する。巡行では花傘巡行に続いて先頭を行く。しんがりは博多祇園山笠。牛若弁慶の人形を飾ったかき山が参加、五百人からの人数が自弁で上洛する。博多っ子の心意気を見せようと、山を追って都大路を走り抜けると大張り切り。  外に京都府与謝郡加悦町の曳山が参加、これも子供歌舞伎「義経千本桜」を演じる。

 ざっとこのような調子で、今年の祇園祭の後祭りは全国からの参加で賑わうことになる。いずれも八坂神社と同祭神または祇園祭の形態が伝わったところで、祇園さんを中心とする信仰につながる連帯意識がある。しかも全国各地それぞれ特色ある展開を見せつつ、それが祇園祭という壮大な祭典として統合が達成される訳で、京都市民も全国各地の人々もともに交流を深めつつ、ここに日本の祭りが社会的統合の源泉としての機能を有している典型が見られることと期待される。

                                          (京都新聞・平成6年6月26日掲載)

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