『大嘗祭』紹介

「平素は、自分にとって何の関わりがあるとも思わなかったご存在が、実は空気がそうであるように、日本の国民にとってはなくてはならぬ意味をもつことを改めて認識する機縁となった。

それが天皇陛下のご不例ということであった。

「陛下のご不例によって、憲法に定められた国事行為の臨時代行は皇太子殿下がお務めになるという、いうならば非常の事態によって、国民ははからずも、天皇のご存在の

重みを今更のように知ることになった。……ご存在そのものが、日本の社会の安定につながっていることも知ったのである。そしてそのご地位二皇位を尊貴とする観念の源泉は何か? 万世一系ということに加えて、神器のご承継と、さらに伝統的な儀礼が必要であった。それによって聖なる権威を承け継がれることになる最大最重の儀礼である。

それがほかならぬ大嘗祭であった。

広辞苑は「大嘗祭」について、次のように簡潔に記している。

「大嘗祭111天皇が即位後、初めて行う新嘗祭、その年の新穀をもって自ら天照大神および天神·地祇を祀る大礼で、神事の最大のもの。祭場を二カ所に設け、東(左)を悠紀(ゆき)、西(右)を主基(すき)といい、神饌の穀は、あらかじめ悠紀と主基とこト定せられた国郡から奉らせ、当日、天皇は先ず悠紀殿、次に主基殿で、神事を行う。おおなめまつり。おおにえまつり。おおんべのまつり。」

最近、いや、もうずっと前からではあるが、近畿でも主要な書店をのぞくと、じつは驚くほどの「大嘗祭」に関する本が並んでいる。その多くはいうならば革新陣営によるものである。ということは、陛下にとって「神事の最大のもの」とされる「大嘗祭」を、革新陣営が、いかにマークしているかを伺い知ることができる。

しかし、世間一般は、「実は空気がそうであるようにこれまた無関心といった方が率直であろう なんでも前は京都で営まれたようだ、ぐらいである。もっと端的にいえば、「千年の都」の京の”村おこし”運動の一環ぐらいの認識といえよう。

「この大嘗祭とはなにかを、できるだけわかり易く、簡潔に説明した」のが、国書刊行会出版、真弓常忠著『大嘗祭』である。著者は、ご存じ皇学館大学教授、同大学·神道研究所々長。神道学·祭祀学専攻。古代祭祀については独自の研究を遂げ、定評がある。

著書が『大嘗祭』でいおうとしたことは、「要するに儀礼の象徴性の問題である」

「儀礼は見えないものを可視させる装置であるとちまた儀礼は常に一つの中心をつくり出し、中心化は国家形成において極まり、倫理化された儀礼において中心化は達成されるともいう。それは洋の東西、未開と文明体制の如何を問わず行われてきた、また現に行われている事実である。

わが国においては、邑落の共同体や家々で行われている民間土俗の各種儀礼、鎮守氏神の祭祀、そしてそれらすべてを統合した形で天皇の行われる神宮や宮中の祭祀が、社会の中心化を進め、日本国民の統合の機能を果してきた。儀礼は一つの中心化へと向わせるという理論の典型がここにあったわけである。

常に拡散し分裂の危険をはらんでいるのは国家というものの一般的性格であるが、これの統合をはかり、文化的アイデンティティを維持していくことのできるものになにがあるか。われわれは、ここにかけがえのない象徴体系として大嘗祭をはじめとする一連の儀礼を有していることは誇りとしてよいものと思う」

わが国の文化的独自性の象徴として著者があげる「大嘗祭」は、「毎年十一月二十三日(勤労感謝の日) の夜に、宮中の神嘉殿にて、その年の新穀を天神地祇に奉られて御親らも聞こしめす御儀である新嘗祭があるが、大嘗祭はご即位初の新嘗祭で、それはご一代一度の大儀として、とくに大大的に行われるものである、践祚大嘗祭ともいうが持統天皇紀にみられたような奈良時代以来の即位式は、中国風の様式をとり入れた儀式であってわが国古来の固有の即位儀礼は、実はこの大嘗祭であるといわれている。

「それはなぜであるのか」「大嘗祭とは何か」–について丹念に検証したのが本書。「年輩の方にはともかく、若い人びとには馴染みのない用語も多く、かなり難解とされる向きもあろう。しかし、決して観念論ではなく、事実に基いて原型を探りつつ、大嘗祭の全体像を描いた」のが本著といえよう。

日本宗教界にも、憲法が保障する「信教自由」「政教分離」の二大原則をめぐり、明らかに深刻化する二大潮流がある。おそらく「大嘗祭」をめぐって、いずれこの対立はピークに達するであろう。この意味からも「大嘗祭」とは何か。できるだけわかり易く、簡潔に説明したのが本著といえる。宗派宗教の違いをこえて、ぜひ一読をすすめたい。

 

 

『新中外』(昭和63年5月1日号)

 

令和元年4月10日再刊

(国書刊行会刊 昭和63年3月18日初版)

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