オクンチ

稔りの秋を迎える頃、九月九日(陰暦)は重 陽の節日 に関係があるとみられる祭りにオクンチ(お九日)がある。

もともとは 「お供日」(おくにち)で、神に新殻を献供する日である。

この日を「オカリアゲ」と呼んでいるところもある。

刈り上げ祭にほかならない。

現在は秋祭りの意で、10月から11月にかけて、長崎をはじめ九州にはこの名の祭りが多い。

収穫祭にあたるが、春の予祝の行事に、豊穣を祈った田が、風雨も順調に過ぎて収穫の秋を迎えたよろこびはひとしおである。

神のコトヨサシによって労き励んで作った結果、この通り収穫できましたと、まず神のみ前に新穀を献げてお祭りをする。

それが「供日」というものである。

この新穀を食べる儀式にあたる新嘗祭はその後にあるが、山車が出たり、獅子舞や太鼓や花傘があるなど各地でそれぞれ趣向をこらして展開している。

長崎諏訪神社のおくんち(十月七~九日)は神輿の渡御(お下り)と神輿の還御(お上り) の神幸祭があり、また神前に「龍踊り」等の踊りを奉納することで有名である。

諏訪神社の造営は寛永二年(一六二五)で、三年はじめて湯立神事がおこなわれたが、大祭の最初は寛永十一年でこの年出島埋築が着工され、眼鏡橋が架けられた。

それ以後、神社のおこなう祭典とともに町民の奉納する踊りが「くんち」を盛大にもりあげた。

それには、唐蘭船の貿易に潤う長崎町民の豊かな経済力が、この豪華な祭りを維持してきたという事実も見逃せない。

龍踊りは享保年間、唐人屋敷で上元の祭りにおこなっていたものを伝授してもら ったということで、異国情 緒を漂わせるが、長崎という土地柄をあらわして、絢欄たる見ものである。

奉納の御朱印船、川船、傘鉾、鯨の潮吹き等、さまざまの風流が町を練る。

唐津神社の唐津おくんち(十月二~四日)も、豪華な曳山(十 が出る。巨大な一閑張りの青丹一対の獅子頭、兜·七宝 四台) 丸·亀と浦島太郎等で、一閑張りは和紙を漆で重ね張りした紙 漆器である。

文政二年 (一八一九) 石崎嘉兵衛という人物が、伊勢詣りの帰途、京都の祇園祭を観て思いた ち有志と謀って赤獅子を作ったのが唐津曳山のはじめという。

ここにも祇園山鉾の移入を見るの である。

山笠の方はそれより早く宝暦十三年(一七六三) からあった。

宵山は提灯で飾って町内を練り、神幸祭には賑やかな山獅子の競演があって、収穫の秋を祝うのである。

2018年8月19日