ケからハレへ

祭りに際しては、その祭りの由来を荘重な詞章で語り、神を讃え、祈願の言葉を一 述べる。

それが祝詞というもので、この由来を語る言葉が神話のもととなった。

また一年に一度のもっとも由緒ある祭りには、自分たちの遠い祖先がその地を開拓して住み着い た当時の、光栄ある集団の想い出を躍如たる姿に演じて、眼前に歴史を復活せしめる。

例えば、八 俣の大蛇退治の神楽がそれである。

悪霊を被い除いて国っくりに励んだ父祖の姿を再現している にほかならない。

この演技の部分が神楽や神事芸能となり、語りの部分が神話となった。神聖な 過去を再現して、原初の時への回復をめざしたといえる。

これを「祖型の反復」とか、「時間の再生」とかいう言葉で表現している学者もある。

つまり始源の状態をくり返し再現することによって、初心 に還るわけである。

いい換えると、われわれはとかく 日常性の中で埋没してしまいそうになるが、一年に一 度は、こうした時を持つことによって、日常性の中か ら脱却して生命力の活性化をはかる必要がある。

神職 がおこなう祭典に参列するのも、また若者等が神輿や 山車をかついだり曳いたりして原始の興奮を体験する のも、まさに非日常的な世界に参入するにほかならな い。

俗から聖に、日本的表現をもってすれば、ケ(褻) からハレ(晴) への質的転換をはかり、それによって 人びとは自己の神性をとり戻し、社会生活の意義を確 かめるのである。

自己の神性をとり戻すとは、俗にい う「お陰をいただく」とか 「ご利益を蒙る」というこ とにほかならない。神成を畏こみ、神の恵みを仰いで、神々の加護によって生きることの喜びを かみしめ、明日の生産生活に希望と力を得る源泉とするのである。そこに祭りの意義があるといえる

2018年8月19日