ミタマのフユ

倉林正次氏の説示によると、忌み篭っている間に神霊は分割増殖する。

つまりミタマのフユで、冬祭りとはミタマノフユマツリである。

これに対して秋祭りは、アキグヒノマツリという意で、アキグ ヒ(飽食)は皆がお 腹いっぱい 食べて満足する有様を表現している。

お腹いっぱい食べて、忌み麓る、その間に神霊が身内に増殖して(ミタマノフユ)、の状態となる。

冬祭りの終ると同時に春 この冬祭り一夜明げれば忌み龍りから解放されてハレ (晴)、ハル(春) 至来を意味した。

冬祭りは忌み麓りの状態の中でおこなわれる。

それが冬範りで、この冬祭りの物忌みの状態からの解放と、季節の推移を端的に表わしたのが、「冬龍り春」という枕詞表現で ハル(晴)であり、同時に季節の ハル(春)をそこに発見した。

冬祭りの忌み範りから解放され、そこに出現する状態がハレ(晴)であり、季節 である。

冬寵りの状態から解放されることが、 えば ハル(春)なのである、 といわれている(同氏「天皇の祭りと民の祭り」)。 日本では、年末になるとベートーベンの第九交響曲(歓喜)がきまって演奏さ れる。

これは日本だけの現象だといわれるが、実は冬至の日を越えた一陽来復の朝、春がやってきてそのよろこびをうたうにはこの曲がぴったりであるからにほかならない。

人びとはそのことを意識しているわけではないが、日本人の深層心理の中で、冬寵りの末に春を迎える歓びをこの曲に見出しているのである。

春に明ける歓びの予祝の曲ともいえる。

2018年8月19日