伊雑宮の御田植祭

五、六月頃の実際の田植に際して、選ばれた田で楽を奏し、歌をうたい、舞 をまうことも早くからおこなわれていた。

神宮の別宮、伊雑宮の御田植祭は別して有名である。

現在六月二十四日を定日としておこなわ れているが、むかしは五月中の吉日を選んでおこなわれた。

現行の御田植祭は、次のとおりであ 鎮座地磯部町の各大字の人びとが毎年交替で奉仕し、 式は午前十時半頃、奉仕員一同、 打揃っ て伊雑宮に参拝、修被を受けて御田に向う。

その順序は

えぷりさし二人、立人六人(以上ニ十歳代の青年、菅笠を戴き、中形の橋神を着て紺の股引に手甲をつ ける)、早乙女六人(十二、三才~十五、六才の少女、白粉をつけ、まゆをひき、菅笠を被り、白衣に緋 の標をかける)、ささら摺二人(十才前後の少年、菅笠を被り、 モスリンの派手な裾枠に紫色の脚枠をつ ける)、大鼓打一人(七、八才の童男、かつらを被り、作り眉をして少女に扮装する。御田にては田船 に乗る)、笛二人、太鼓一人、 小鼓一人、謡六人(以上十人は青年男子、素襖鳥帽子を着ける)

行列は以上のとおりで、一同跳足である。御田の西側の畦には長さ十一米ほどの青竹が立てら れ、竹の先端に刺露がつけられている。 俗にゴンバウチワと呼んでいる。

神田に到着すると、神職の修核の後、作長が伊雑宮から捧持してきた苗を神田に打ち、エブリをゴンバウチワの両側に立てる。

やがて、早乙女、 えぶりさし、立人はゴンバウチロの北側に整列、このとき漁節達が威勢よく神田に入り互いに泥をかけあう。

早乙女、えぶりさし、立人は苗代に入り、男女交互に互いに手 をとり苗代のまわりを三周半して、苗を取る。

苗取りが終ると、立人がゴンバウチワを倒すが、 このとき三度扇いで御田の中心に向って倒す と、漁民達は喚声をあげてこれに殺到、竹を奪いあう。

その竹を持ち帰って船霊にまつり、大漁、海上安全のお守り そ とする。

竹取りが終ると、えぶりさしは田面をエブリでならし、 田 舟を出してその中 に太鼓をすえ、謡方、鼓方、 ささ ら 方、大鼓方が調子をそろえて雌し立てる中で、早乙女、立 人が一列に並んで植えながら退いていく。半分植 え終った 頃、いったん休憩し、ささら方二人が田の中で舞踏する。

これを早取挿(さいとりさし)という。

この間一同若布の肴で小宴をおこな う。

さらにつづいて残りを植え終り、一同列を整えて、練 りながら再び伊雑宮に進み(踊り込み)、御田植祭を 終る。

「踊り込み唄には 昔真鶴磯部の千田に稲穂落したその祭 とあり、これは「倭姫命 世紀」 に記されている鶴が稲穂をくわえて来て穂を落したにはじまるという伊雑宮鎮座の由来を語るもので、鶴の穂落し伝承は南方系海洋民によってもたらされた稲作起源説話である。

2018年8月19日