日本の祭り

わが国は弥生時代以来、水稲耕作による農耕を生産の基礎としたから、農耕社会 わが国の祭りであった。

そこでは瀬概、播種、植付、収穫のすべてにわたって共同することが 必要である。

一人だけ勝手気俸に生きることは許されない。

その点は漁業を主として生業として いた地方でも基本的には同じことで、 農村社会としての性格が、わが国社会の基本を成していた。

とよあしはら みずほのくに

「豊葦原の瑞穂国」というのはわが国の古い呼名であるが、これは多分に期待と祈りをこめた讃め言葉である。

葦の豊かに茂る原は水田としてみずみずしい稲穂の育つところとなるとの経験によった名という。

この豊かな稲の稔りに恵まれた国とするのが、わが民族の理想であり、切実であるだけに、その収穫を得たときのよろこびもひとしおで、人びとはこれを神よりの賜りものとしていただいた。

そして稲つくりのはじめから終りまでの折り目切り目に祭りをおこなったのである

2018年8月19日