正月の御田植祭

稲つくりを生産の基本としたわが国では、年穀の豊穣を祈ることから祭りがはじ まった。

正月の神事ももとはといえば、その年の豊穣を祈る、予祝の行事であった 。

正月にお田植祭をおこなうところも多い。

旧暦の元日であったところから、いまは多く新暦 による二月の行事となっているが、実際に田には入らず、耕田・種蒔から田植、あるいは収穫・ 倉入れにいたるまでを物真似と祝言で演じるものである。

大和の飛鳥坐( あすかにます 」神社の御田祭は旧正月十一日(現在は二月第一日曜) におこなわれる。天狗·翁の 面をつけた村の若い衆が「ささら」を振りながら近在を暴れ廻って、子どもや女性の尻を叩く。 多産の呪術である。

一番太鼓で神社で祭典をし、天狗·翁·牛に扮した若い衆が、神楽殿で田植の所作を演じる。

二番太鼓で神主が同所で籾をまき、松苗を稲に見たてて植付けの所作をおこない、その松苗は参拝者に投げかけ、人びとは争って拾い、持帰って苗代作りのとき、季節の花とともに水口にさす。

三番太鼓で、黒紋付のお多福と印半纏( しるしばんてん) の天狗とが翁の介添えで結婚 式をあげ、お多福は山盛りに盛った「鼻つき飯」を神官二人の前に差し出し、天狗はそのお膳の前にきて、 1尺ぐらいのリンガ形の竹筒を股間に当てがい、 両手で握りつつぐるぐる廻し、神官の鼻先で酒を注ぐ所作をする。

これを「汗かけ」という。

この後、お多福と天狗の 「種つけ」の演技が あり、夫婦和合の間、翁が岡焼き的な軽妙な脇役を演じ、終ると懐中から紙を取り出して股間に 用い、その紙を「ふくの紙」といい拝観者に撤布する。人びとは争って持ち帰り、子宝のまじな いとする。

五穀殺豊穣の予祝を、性的行為のもどきをもっ ておこなうのである。

同じく飛鳥の稲測と栢森の綱掛け神事も旧正月十一日 におこなわれるが、稲測では、川越に二本の綱を掛け渡 し、その中央にリンガ形の綱がつり下げられてあり、栢 森のは中央に女性の象徴が綱に結びつけてある。

だから この二つの村が合わさると五殺豊穣が期待できる。

飛鳥川が隣接するこの両村をつないでいるからであるが、古 くは二村は別々におこなっていた。 二つ合わさってでは なく、綱は境界に張る標縄であり、 それぞれの性の象徴致 は悪霊邪鬼の侵入を防ぐ呪具としての信仰があった筈で ある。

そしてそれはやがて五殺の多産を意味するように なった。害虫の侵入を拒否するからである。飛鳥坐神社 には、奥庭に大小の陽石を置いているのも同じ信仰によ る

(この項、西宮一民氏による)

 

2018年8月19日