祖神の来臨

『常陸国風土記』に記されている富士山と筑波山の物語もそうである。これも前著に記したが、むかしみ祖の神が諸国をめぐって富士山を訪れたとき、日が暮れたので宿を乞うたところ、「新粟のニイナメのために物忌みをして篭っているから」といって断ったので、祖神は「わたしは汝の親ぞ、どうして宿をさせないのか。 この山には冬も夏も雪ふり霜 るいて、寒くて人も登れず、食物も供えるもののないようにするぞ」といった。

次いで祖神は筑波山に来て宿を乞うと、「今宵は新嘗の物忌みをしていますが、尊い祖神の仰せ言ですからお宿をいたしましょう」といってもてなしたので、み祖の神は「この山には人びとが集い、飲食も豊かに、千代万代までも弥栄え、たのしみは尽きないようにしよう」といわれた。

そこで富士山には常に雪が降り積って人も登れず、筑波山には人が集って歌い舞い飲食する ことがいまにいたるまで絶えないのである、という古伝である。

歌垣の由来を語る伝説であるとされているが、男女が集って互いに歌い踊った歌垣の歌舞が、もとは=ヒナへの行事と一連のものであった ことを示している。

きびしい ニヒナへの夜の忌み寵りと神迎えが終ると解放された男女は、歌垣の遊楽で歓をつくしたのである。

2018年8月19日