茅の輪

大和の大神神社のおんぱら祭(御核祭)もその一で、本社の 第一鳥居の際 でおこなわ 赤の輪 れるが、 そこには摂社綱越神社がまつられていて、綱越神社の例祭となっている。

茅 の輪は、輪を解くと綱になる。

ここでは古くは輪ではなく綱を越す形でおこなわれていた ことと 推測される。

三輪の神婚説話は、活玉依此売のもとに通ってくる壮夫の素性を知ろうと、麻糸を 針に通して衣に刺しておいたところ、麻糸は三勾だけがのこっていて、糸をたよりに尋ねて行く と三輪山にいたったので、神の子と知ったというもので、 この輪の三つのこったことが三輪の起源となった ことを『古事記』に記しているが、輪は茅 の輪と形を同じうしたものであることは注意する必要 がある。

メ縄が茅の輪であることはしめを切ることが、 茅の 輪を切ることと同じ意味であった。祇園祭の先頭を行 く長刀鉾は、 本来このしめを切るためであった。

祇園 祭ももとは被の行事であったことを示すものである。

2018年8月19日